仙台市|宮城野区|二木神社|田村神社|御祈願|高砂地域の神社を紹介

仙台市高砂地域の神社を紹介します。

仙台市宮城野区高砂地域にある神社の公式ホームページ。

地域の歴史や由緒、年間行事、ご祈祷案内、地域活動などを紹介し、地元とのつながりや魅力を発信しているサイト。(作成中)

社務所<代表社務所>

※御朱印やお札をお求めの際は、事前にお電話ください。

<代表社務所> 田村宮司宅

仙台市宮城野区福田町1丁目9-10

電話番号      022-258-1525

ファックス   022-258-1681

ご祈願所



 

ご祈願所

仙台市宮城野区福田町1丁目9-10

※代表社務所隣

御朱印

代表社務所にて、

二木神社他兼務社の神社御朱印を扱っております。

初穂料 300円

御守り等各種縁起物

 

代表社務所にて、

御守り等各種縁起物を扱っております。

御守り 800円~

~神社紹介~

二木神社
住所 仙台市宮城野区田子3丁目2-40
由緒 田子地区の護り神として二木の里に鎮座する二木神社創建の詳細は不明なれど、古老たちの言い伝えによると源氏の棟梁頼朝が奥州平泉藤原氏遠征の途中、二本の杉の巨木に馬をつなぎ休息した際、この地を二木と呼ぶようにといい置いて出陣したことにより当時からこの地を二木と呼ぶようになったと伝えられる。宮城郡誌の記載によると、「元和2年3月19日勧請ニシテ宝暦3年(9月19日再興サレ明治6年1月村社ニ列ス」とある。従ってその後の記録が追加されてないところから見ると、前社殿は238年前に建築され、当地に鎮座してこの地区の信仰を得ていたと考えられる。現在の社殿は、平成3年に本殿は改築、拝殿は新築したもので、本殿は伊勢神宮のみに伝わる「唯一神明造り」という建築様式であり、お産・魔除け・厄除け・方位除け・建築・旅行の神として崇敬されている。
田村神社
住所 仙台市宮城野区福田町2丁目1-19
由緒 由緒不詳。明治6年村社に列す。

熊野神社
住所 仙台市宮城野区鶴巻1丁目9-6
由緒 勧請年月詳ならず。寛政2年再建す。旧称熊野大権現。明治2年熊野神社と改称す。令和5年11月に境内の御神木のクロマツ(樹齢約300年)が仙台市の保存樹木に登録される。
深山神社
価格 仙台市宮城野区福室4丁目1-8
由緒 福室地区の護り神として此の里に鎮座する深山神社の詳細は不明なれど、元深山講の記録台帳によると文政年間(1718~1732年)より既に講の会合が開かれていた事により、それ以前に神社は創建されていたと考えられる。当時、福室の大浪氏なる豪族が、宮城郡沢乙村の鈴木氏の氏神から分神を勧請して現在地に社殿を建立し、大浪家-三浦家-結城家-花渕家の氏神として継承され、信仰を得て来たと思われる。大正8年の頃、時の高砂村村長花渕源吉翁が、北福室地区に鎮守の神なきを憂い、北福室部落民に謀り、浄財の拠出によって境内地180余坪を、別当であり地主である花渕松吉氏より譲り受ける。同時に石の鳥居も建設し、北福室地区の鎮守の神として現在に至る。現在の社殿は、平成9年に本殿と拝殿を改築したもので、本殿は荘厳・流麗にして日本建築の最も美しい姿を表現している「流れ造り」と言う社殿である。子宝、安産、家内安全の神として崇敬されている。
雷神社
住所 仙台市宮城野区中野1丁目22
由緒 中野地区の護り神として此の里に鎮座する雷神社の詳細は不明なれど、宮城郡誌並びに古老たちの口伝に依ると、元禄の頃より鎮座ましませしが、嘉永6年(1848年)に野火にて延焼灰燼に帰すとあり、その後再建。明治5年1月に村社に列せられ、昭和46年に当時の北新田地区より沼向に移転。さらにその後、仙台港背後地土地区画整備事業の計画により、雷神社は再移転を余儀なくされ、平成4年に神社総代を中心に建設委員会を設立し、現鎮座地(福室字県道前)にご本殿、石鳥居、石碑類を移設。老朽化による損傷が著しい拝殿はその際に解体。平成15年10月新社殿完成。農産豊穣、家内安全、交通安全の神として崇敬されている。
住吉神社
住所 仙台市宮城野区福室字平柳81
由緒 創祀年月不詳。一村の鎮守にして延喜4年8月これを再興し、住吉大明神と称す。明治2年現社号に改め、同5年5月村社に列す
賀茂皇大神社
作成中 住所 仙台市宮城野区岡田字明神東1
由緒 人皇第55代文徳天皇の御代、今より1160余年前嘉祥年中、慈覚大師が上岡田に来臨、賀茂大明神別雷神を勧請され、その数年前の承和年中、仁明天皇の御代岡田の南東を流れていた冠川(現在の七北田川)沿いの中ノ島に草庵を結び居住していた雪峯行者が日夕禮拝祈念を罩められたという、後年天正年中には龍王院の別當職に任じた時、川島賀茂明神と称したこの東隣、現在の川島邸に持宝院があり不動尊を安置し、道場を設け衆々の修験者を養成したといわれている、龍王院は別當職に在事40余年にして復飾し藤原清信義と改名その後都法印浄眞法師(赤穂享保時代元鶴巻の人)文政年間には明王院融眞権大僧都、その後天保年間には重性院大皷家別當職となり安政5年祝融の難(火災)に逢い本尊及び凡鐘は寺、福寿院に奉納し明治2年神佛混淆(おなじ考え)廃止となり女婿(婿)義輝社掌となり姓を川島と称し明治8年村社に列し宅兆は曩に南福室熊野神社の南舊冠川の畔にあったが明治17年寺院規則改正により岡田福寿院に迂(移)された。明治37年義輝没しその後孫女婿の平三郎が職を継いだが大正5年38才で蚤世した、それより多賀城村八幡神社の宮司菅野亦左エ門兼務する事40余年に及び現在に臻(至)る、以上古老よりの傳聞する所を記す。昭和31年後裔正一殿其後を継げり。昭和31年正月 鈴木久七一閑誌。
吉窪神社
作成中 住所 仙台市宮城野区岡田字浜通り29
由緒 後鳥羽天皇の建久年中(1190~1198、鎌倉)の創祀といわれ、正一位吉窪大明神と称した。明治2年現社号に改める。(口碑、社蔵記録)。
神明社
作成中 住所 仙台市宮城野区蒲生字八郎兵第一の25 
由緒 慶長2年3月(西紀1597年)郷土の敬神家が伊勢の大廟を参拝し天照皇大神の御分霊をうつし祀ってお伊勢さまと稱した。明治維新前には南蒲生の人家の附近に鎮座したが悪疫が流行したため神威の冒瀆を恐れて現在の地に遷座し南蒲生一円の守護神として尊崇をあつめてきた。社殿は神明造りである、明治5年1月村社に列す。

各種ご祈祷について

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 仙台市宮城野区福田町1-9-10
 TEL 022-258-1681